いきのこり●ぼくら

母は数年前から足を悪くしていて、去年手術した。足を痛めている時の彼女はあんなに好きだった旅行も全くできなくて、毎日不安そうで、憂鬱そうで、悲しそうで、少し偏屈だった。母が手術をする頃、私は就職活動真っただ中で、どこに行くのか何をするのかわからない、内定も全く出ないといった状況で。手術がうまくいかなかったらどうしよう。大好きな母が自由に立ったり、歩いたりできなくなったらどうしようと思った、実家に帰らなければいけないかもと思って、近くにいてあげなくてはいけないかもと思って、地元の会社も受けた。

 

丁度私が地元の会社の一次面接を受ける頃、母は手術で入院した。手術の前日。入院するため、荷物を持って父と母と病室へ通された。覚悟を決めた女の人はどうしてあんなに強いんだろう。今までとは打って変わって気丈に振舞って、大丈夫大丈夫と笑う母を見て、涙が出てきて困った。ずっと元気でいてね、でも、その気持ちと裏腹に、地元で就職したくない、地元を出たいと思ってしまうのはどうしてだろう。

 

私が地元企業の最終面接を受けた頃、母の病室は6人部屋になり、友達を作っていた。田舎の会社っぽい圧迫面接を終えて、会いに行くと、笑顔でリハビリに励んでいた。元気でいたこと、また立って歩いていたこと、前を向こうとする姿に、また泣けた。

 

病院まで送ってくれた父と、母と、三人で談話室で話した。病院のコンビニの、ブルーベリーのフラッペが飲みたい!と元気な駄々をこねる母が可愛くて、若くて、もっと泣けた。牛乳がいいんだって、と言って牛乳もおつかいを頼まれて、かごいっぱいに飲み物を買って再び談話室へ行って、久しぶりに話をして、

散々だった面接のこと、その時内定をもらっていた企業のこと、昨日の事明日の事、ずぅっと靄がかかっているように感じる、先の事。なんでも話した。

私もし地元の企業に受かってしまったら、どうしよう。何を選べばいいんだろう。ずっと心の底で思っていたことが、言葉にならないままあふれて、あふれていた。父と母は、元気でいてくれるだけでいいんだから、好きな方を選びなさいと言ってくれた。談病院の談話室で、もう何が悲しいんだか嬉しいんだかわからないまま、たくさん泣いた、たくさんたくさん泣いた。この家の子供でよかったなあって言ったら、今更気付いたの?って言われて、またたくさん泣いた。強い、母は強い。とても強かった。私たち、本当の気持ちの察しあい。本当は実家にいてほしいんだろうな、でも遠くに行きたい。本当は実家にいてほしいな、でも、自由にしていいよ。

あのときのこと思い出すと、何回だって泣いてしまう。愛だな。無償の愛で生きてる。

 

少したってから地元企業から内定の通知が来て、辞退を伝えた。あれから。あれからあっという間に、一年が経とうとしている。行きたかった会社への未練はまだちょっと消えなくて、自分を否定され続けた傷はなかなか消えなくて、大きい声で話せなくって、それでもあの時の選択は、間違ってなかったんだろうか。分岐点はたくさんあって、とても難しい。正しかったか正しくなかったかなんて、判断できるようになるの、きっとおばあちゃんになるころだな。

 

 

いきのこり●ぼくら

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